こんにちは~

 

M-1史上最もハイレベルだったといわれた2019年!

 

優勝したミルクボーイも素晴らしかったですが、個人的に応援していた「ぺこぱ」が3位に入賞したのもうれしかったですね。

 

年始のおもしろ荘から注目され始め、最高の結果を残したと思います。。

 

しかもこのM-1ではネタのスタイルを大幅に変更して挑んだ結果、大ウケしたんだとか。

 

いったいぺこぱにどんな変化があったのでしょうか?

 

 

2019年のM-1グランプリ3位「ぺこぱ」

2019年のM-1で3位という結果をおさめたぺこぱの2人。

 

 

決勝1本目では10組中10組目でしたが、決勝2本目ではなんとトップバッター

 

 

本当に連続で漫才を披露することになったのですが、

 

1本目の余韻が残ったまま2本目を披露できたのは、むしろプラスだったんじゃないかと思います。

 

 

 

 

シュールで非常識なボケに対して、それを否定ではなく肯定しながらツッコむという新スタイル。

 

審査員全員が絶賛したそのスタイルで、3位という結果を残しました。。

 

 

激しくないツッコミは今の時代に合っているのかもしれませんね。

 

 

 

見た目は普通なのにシュールなボケをかますシュウペイさんと

 

ナスみたいなスーツを身にまとった松陰寺太勇(しょういんじ たいゆう)さん。

 

 

コンビ結成自体は2008年と古めですが、ここに来るまでに相当な紆余曲折がありました。

 

 

ぺこぱのプロフィール

【ボケ】シュウペイ

・本名:成田秀平(なりた しゅうへい)

・生年月日:1987年7月16日

・出身:神奈川県横浜市

・身長/体重:180cm/70kg

・血液型:A型

 

【ツッコミ】松陰寺 太勇(しょういんじ たいゆう)

・本名松井勇太(まつい ゆうた)

・生年月日:1983年11月9日

・出身:山口県光市

・身長/体重:170cm/70kg

・血液型:O型

 

【結成】2008年

【事務所】ナイスデイ

→オスカープロモーション

→サンミュージックプロダクション

 

 

 

 

 

ぺこぱのコンビ結成は2008年のこと。

 

 

 

2人は同じ居酒屋で働く先輩後輩の関係だったみたいで、先に芸人として活動していた松陰寺太勇さんがシュウペイさんを誘う形で結成されました。

 

 

ちなみにシュウペイさんを誘う前は「松井祭」という芸名のピン芸人として活動していたそうで…

 

これが全くの鳴かず飛ばずだったそう!笑

 

 

シュウペイさんにコンビ結成の話を持ち掛けた際も、最初は「面白くないから嫌だ」と断られていたみたい。

 

(シュウペイさんが松井祭のライブを見た率直な感想)

 

 

それでも諦めずに話を持ちかけ、なんとか半年後にOKをもらうことができました。

 

 

 

当時のコンビ名は、居酒屋の関係からそのままとった「先輩後輩

 

そしてのちに「先輩×後輩」と改名されることとなるのですが…

 

 

 

いったいどんなネタをしていたのだろうと探してみると、気になる情報が。

 

結成当初はなんと男同士でイチャイチャするようなネタを披露していたというのです。

 

 

いやいや、10年前にそのネタはさすがに時代が早すぎるでしょう…

 

いまでこそ「おっさんずラブ」も大ヒットして、一般的にも受け入れられてるジャンルではありますが…

 

 

M-1では新たな境地を開拓したぺこぱですが、当時は時代を先取りしすぎていたのでしょうか?

 

 

 

 

 

 

先輩×後輩から「ぺこぱ」という名前になったのは2013年のこと。

 

 

この名前は赤井沙希さんに着けてもらったそうです。

 

赤井沙希さんと言えば、赤井英和さんの娘さんとして、特に関西ではおなじみですよね。

 

 

ぺこぱも赤井沙希さんも当時は「オスカープロモーション」に所属。

 

 

2人がコンビ名を変えたいと話していたところ、同席していた赤井沙希さんに「ぺこぱ」という名前を提案してもらったそうです。

 

 

韓国語で“お腹がすいた”ことを意味する「ペゴパ」が由来

 

たまたま赤井沙希さんが韓国語にハマっていた時期だったそうで、“いつまでもハングリー精神をもって”という意味も込めてこの名前を付けてもらいました。

 

 

 

 

結局オスカーのお笑い部門は解散し、ぺこぱは事務所を離れることになったのですが

 

(後に赤井沙希さんも別事務所へ移籍)

 

 

今回のM-1で大活躍していたことに、赤井沙希さんも喜んでいましたね。

 

 

様々なスタイルを試すもブレイクは遠く

その後はさらに紆余曲折を経て、どんどんスタイルが変わっていきました。

 

 

もちろん2人とも普通の格好をしていたこともありました。

 

 

 

 

 

 

でもいつごろからか濃いメイクをして派手な衣装をまとうようになっていきます

 

 

 

 

 

 

それこそ、つい最近まで松陰寺太勇さんは着物を着てローラースケートを履いてネタをしていましたよね。

 

 

 

 

オール巨人師匠にそのことを指摘された時は「もうバレちゃった」って叫びが出ていました(笑)

 

 

 

 

特に着物を着ていた時期は長く、2015年までさかのぼります。

 

 

当時からなかなかブレイクの芽がでなかったぺこぱ。

 

ある時WAHAHA本舗代表で放送作家でもある喰始(たべ はじめ)さんにネタを見てもらう機会があったそう。

 

 

すると「着物を着た方がいい」というアドバイスが!

 

 

これ以降、松陰寺太勇さんが着物を着て漫才をするスタイルになりました。

 

 

喰始さんのアドバイスでブレイクした芸人は多く、例えば髭男爵もその一組。

 

「貴族の衣装を着てみたらどうだ」とアドバイスがあって、あのスタイルになったそうです。

 

 

ぺこぱも着物にしてから「有田ジェネレーション」へのレギュラーが決まるなど、効果はてきめんだったように思います。

 

 

(レギュラーは松陰寺太勇さんのみ)

 

 

 

 

着物を脱いだ新スタイルでM-1に

ですがブレイクというにはまだまだ浮力が足りません。

 

 

何とか漫才で、コンビとしてブレイクするためには、もう1つ何かが足りなかったのです。

 

 

ではその答えは何だったのか。

 

それは「着物を脱ぐこと」でした。

 

 

 

確かにM-1では着物ではなく、紫スーツのスタイルで漫才を披露していましたよね。

 

着物を脱ぐきっかけとなったのは、2019年の年始に出演した「おもしろ荘へいらっしゃい!」でのこと。

 

 

 

 

ぐるぐるナインティナイン」内の1コーナーで、毎年お正月には恒例となっていますよね。

 

 

おもしろ荘も、芸人がブレイクするための登竜門といわれており、

 

小島よしおさんにオードリー、最近ではブルゾンちえみさんなど、そうそうたるメンバーがここから羽ばたいていきました。

 

 

 

 

ぺこぱも2019年放送分で見事に優勝!

 

 

 

 

ですが収録後に岡村隆史さんのところにあいさつに行ったところ、

 

「着物じゃない方がええんちゃう?」というアドバイスをもらいます。

 

 

それまでも着物を脱いだ方がいいと色々な方からアドバイスをもらっていて、本人たちもすごく迷っていた時期でした。。

 

でも岡村隆史さんの一言が、最後の後押しになったみたいです。

 

 

 

そしてこれ以降、ぺこぱは着物を使わないネタも作るようになっていきます。

 

 

まだ完全に着物を脱いでていたわけではないですが、着物を着ないネタも武器として隠し持つようになったのです。

 

 

 

おもしろ荘の後ブレイクしたのは、ぺこぱではなく「パンケーキ食べたい」でおなじみの夢屋まさるさんでした。

 

オスカープロモーションのお笑い部門が廃止され、一時的に所属フリーになるアクシデントもありました。

 

 

それでもぺこぱは地道に活動を続け、ネタを作り込んでいきます。

 

 

おもしろ荘の時は松陰寺太勇さんがボケシューペイさんがツッコミでしたが、それも入れ替わりました。

 

ローラースケートも脱ぎました。

 

 

まさに裸一貫、残したのはメイクだけ。

 

 

ですがそれで勝負した結果、M-1グランプリで3位に輝くのです!

 

 

 

新しいスタイルは視聴者からの反響も大きく、話題性なら優勝したミルクボーイにも負けていないのではないでしょうか。

 

 

 

迷走がようやく形になったぺこぱ

でも着物を脱いでM-1で3位になれたのなら、着物を着ていた時期は無駄だったの?

 

いやいや、そういうわけではないと思います。

 

 

 

喰始さんにネタを見せたときは、本当に着物を着た方がいい内容だったのかもしれません。

 

 

ですがおもしろ荘に出るころにはネタもさらに洗練され、着物じゃなくてスーツの方が合うようになっていたんのでしょう。

 

 

単にぺこぱの実力が上がっただけとみています。

 

 

「いい漫才が出来るとそういう物(着物、ローラーシューズなど)が要らなくなってくる」

 

松陰寺太勇さん本人もそう語っています。

 

 

 

それに着物を着ていた時期に「有田ジェネレーション」へのレギュラーが決まったのは事実です。

 

この番組は業界内での視聴率も高く、もし有田ジェネレーションがなければおもしろ荘への出演もなかったかもしれません。

 

 

そう、すべては着物を着るところから始まったのです!

 

 

着物を着なければ着物を脱ぐこともありませんでした(当たり前)

 

 

思い返せば、すべてのアドバイスが上手くまわったのではないでしょうか?

 

 

 

 

個人的には、ぺこぱには今回のM-1参加コンビの中で1番のブレイクの可能性を感じています。

 

 

ずっと迷走していたおかげか、ネタの引き出しが結構多いんですよね。

 

 

それにフリートークになると素のキャラで喋りだすのですが、これも面白い!

 

 

松陰寺太勇ではなく松井勇太として喋り、シューペイさんもいたって普通の好青年なのですが、

 

ネタ中とのギャップなのか、な~んか面白いんですよね(笑)

 

 

 

あといろいろな先輩からかわいがられているみたいで。

 

 

M-1の後の打ち上げでは千鳥の2人には昔からお世話になっている感じでしたし。

 

オスカーから今のサンミュージックに移籍したのも、カンニング竹山さんが誘ってくれたからですよね。

 

 

AbemaTVの生放送にゲストとして呼ばれたときに、竹山さんがその場で「お前らウチに入れ」って言ってくれたそう。

 

 

そういうのも売れていくとすごく大きな武器になっていくんですよね。

 

 

迷走していた時期に積み重ねてきたものが、いま芸人として大きな財産になろうとしているこの感じ。

 

ちょっとワクワクしています(笑)

 

 

2020年のぺこぱはどうなるのか、今から楽しみです!

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。