中川家の今いくよ・くるよの漫才が泣ける。2人だからこそできた漫才

 

こんにちは!

 

みなさんも中川家の漫才はご覧になったことがあると思います。

 

ですが、中川家が今いくよ・くるよのお二人に扮して行う漫才はご覧になったことがありますか?

 

もうね~、そっくりなんですよ。

 

いくくるのお二人がご健在の時から、礼二さんがくるよ師匠のモノマネをしたり、

 

いくよ師匠がお亡くなりになってからは3人で漫才をしたりもありましたが…

 

実はいくくると中川家の間には深い絆がありまして。

 

中川家だからこそ、できる漫才だと思います。

 

今回はそんな2組に注目してみました。

 

女性漫才コンビの道を切り開いた今いくよ・くるよ

 

 

 

女性漫才コンビの先駆け的な存在、今いくよ・くるよのお二人。

 

 

くるよさんの「どやさ」の掛け声と動き。

 

いくよさんの「私ピッチャーでエース、くるよちゃんキャッチャーでロース」というつかみ。

 

 

いまでもすぐに思い出すことが出来ます。

 

 

2015年5月28日にいくよさんが先立ち、その9年後の2024年5月27日にくるよさんも後を追いかけ。

 

 

すっかり寂しくなってしまいました。

 

今いくよ・くるよを受け継ぐ中川家

ですがそんなお二人の魂を受け継ぐ存在がいます。

 

 

それが中川家

 

 

中川家が若手芸人だったころからずっとかわいがってもらっていたらしく、特に礼二さんのくるよさんのモノマネは逸品

 

 

っていうか体格も似てますもんねw

 

 

いくよさんが亡くなってからは、くるよさん・剛さん・礼二さんの3人で漫才を披露することもありました。

 

 

 

 

そのくるよさんも亡くなってからは、なんとお二人の寄席で今いくよ・くるよさんの漫才も披露されました。

 

 

その動画がこちら

 

 

 

 

もうそっくりというか、完全に本人たちです。

 

 

これを見て笑いじゃなくて涙が出てくる人もいたそうです。

 

中川家にとって芸人としての恩人

実は中川家にとって今いくよ・くるよさんは尊敬する先輩というだけでなく、芸人としての恩人でもあります。

 

 

2人がいなければ今の中川家もなかったとのこと。

 

 

中川家が特に芸人として辛かったのが99年ごろ、剛さんがパニック障害で休養していた時のことです。

 

 

この時期、礼二さんは芸人を辞めようと思っていたらしく

 

 

ですがそれを止めたのが今いくよ・くるよのお二人だったんだとか。

 

 

礼二さんをのみにつれていき、礼二さんの愚痴を全部聞いてあげて。

 

 

アカンで、辞めたら

 

 

その一言で礼二さんは思いとどまったんだとか。

 

 

それからたった2年後ですからね、M-1を優勝したの。

 

 

芸人としてどん底だった時期から、いくくるのお二人の言葉で立ち直り、そして芸人としての頂点に上り詰める。

 

 

もう感謝してもしきれないでしょうね。

 

 

そんな中川家だからこそできる、いくくる漫才。

 

 

2組の関係性を知ると、涙が出てくるのも納得です。

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。